“Should fish and chips be wrapped in newspaper?”
英国でフィッシュ・アンド・チップスの話になると、意外によく話題になるのが「包み紙」です。
「新聞紙で包むべきだ。」
「いや、衛生的な茶色い紙のほうがいい。」
外国人からすると、「包み紙なんて何でもいいのでは?」と思ってしまうかもしれません。
けれど英国では、この話題が何十年も新聞やテレビ、SNSで繰り返し取り上げられ、そのたびに「やっぱり新聞紙だった」という声が聞こえてきます。
これは包み紙の話でありながら、実は英国人の思い出やノスタルジーについての話でもあるのです。
【歴史】昔のフィッシュ&チップスは本当に「本物の新聞紙」だった

今では想像しにくいかもしれませんが、昔の英国ではフィッシュ・アンド・チップスを本物の新聞紙で包む店が数多くありました。
19世紀後半から20世紀にかけて、新聞は読み終えれば大量に出る身近な紙でした。丈夫で、手に入りやすく、揚げ物の油もほどよく吸ってくれることから、包装紙として使われるようになります。
港町や海辺の町では、揚げたてのフィッシュ・アンド・チップスを新聞紙に包んでもらい、そのまま歩きながら食べたり、ベンチに座って味わったりする光景が日常の一部でした。
もっとも、すべての店が魚を直接新聞紙に触れさせていたわけではありません。
内側には白い食品用の紙を使い、その外側を新聞紙で包む店も多く、「新聞紙=直接食べ物に触れていた」とは限りませんでした。
それでも、外から見れば「新聞紙に包まれたフィッシュ・アンド・チップス」という姿こそが、多くの英国人にとっての原風景だったのです。
「インクが体に悪い」だけではない——消えた伝統の包み紙

現在、英国でフィッシュ・アンド・チップスを新聞紙で直接包むことは、食品衛生上の理由から認められていません。
理由としてよく知られているのが、新聞の印刷インクです。
昔の新聞インクには、食品に直接触れることを想定していない成分が含まれており、衛生面から問題視されるようになりました。
さらに、新聞紙は食品包装専用に製造された紙ではなく、印刷工程や保管環境なども食品向けの基準とは異なります。
こうした理由から、食品を直接新聞紙で包む習慣は徐々に姿を消し、現在では茶色い包装紙や食品用の耐油紙などが主流になりました。
つまり、「新聞紙が禁止された」のではなく、食品を安全に提供するための基準が整えられたというのが実際のところです。
現代の主流は「無地の茶色い紙」……なのに終わらない新聞紙論争

現在、多くのフィッシュ・アンド・チップス店では、無地の茶色い紙や白い耐油紙、あるいはブランドロゴ入りの包装紙が使われています。
衛生的で、持ち帰りもしやすく、食品包装としては理にかなっています。
それでも英国では、この話題になるたびに必ずと言っていいほど聞こえてくる言葉があります。
「やっぱり新聞紙のほうが美味しかった。」
もちろん、本当に新聞インクの味が好きだったという意味ではありません。
それは、海辺で食べた思い出や、家族と過ごした休日、港町のフィッシュ&チップス店の匂いまで含めた、あの頃の体験そのものを懐かしんでいる言葉なのです。
「新聞紙のほうが絶対美味かった」と言い張る英国人たち

現在では、衛生上の理由から新聞紙で包まれたフィッシュ・アンド・チップスを見かけることはほとんどありません。
それでも、この話題になると英国では決まって聞こえてくる言葉があります。
“It tasted better wrapped in newspaper.”
「新聞紙に包まれていたほうが美味しかった。」
なかには、
“The ink added flavour.”
「新聞のインクが味付けになっていた。」
と冗談めかして話す人もいます。
もちろん、本気でインクが美味しかったと言っているわけではありません。
それでも、この言葉が何十年も語り継がれているところに、英国らしいユーモアがあります。
新聞紙のインクの匂い、揚げたての魚の香り、酢をかけた瞬間に立ちのぼる湯気。
そうした記憶がひとつになって、「昔のほうが美味しかった」という思い出へ変わっているのかもしれません。
「衛生的で良いじゃん」 vs 「分かってないなぁ」

もちろん、現在の包装紙には多くのメリットがあります。
食品用に作られた紙は衛生的で、油にも強く、安心して持ち帰ることができます。
若い世代の中には、
「茶色い紙で十分じゃない?」
という人も少なくありません。
けれど年配の英国人からは、
「そういうことじゃないんだよ。」
という声が返ってきます。
包み紙そのものを惜しんでいるのではありません。
新聞紙を開く瞬間の音。
手につく少しの油。
海辺のベンチで食べたこと。
港町の風。
カモメに狙われながら慌てて食べたこと。
そうした記憶まで含めて、「フィッシュ・アンド・チップス」だったという人も少なくないのです。
味の話じゃない。「新聞紙」という体験そのものがご馳走だった

英国では今でも、「新聞紙で包むべきか、それとも茶色い紙か」という話題が、ときどき新聞や雑誌のコラムに登場します。
結論は、とっくに出ています。
食品衛生を考えれば、現在の包装紙のほうが安心です。
それでも、この”論争”が終わらないのは、多くの人が本当に語りたいのは包み紙の素材ではないからでしょう。
語りたいのは、あの頃の街並みであり、家族との休日であり、港町のフィッシュ・アンド・チップス店で過ごした時間です。
新聞紙に包まれていたから美味しかった。
その言葉の本当の意味は、新聞紙そのものではなく、その時代や思い出まで一緒に包まれていたということなのかもしれません。
だから今日も英国では、誰かが「やっぱり新聞紙だったよ」と笑いながら語り、誰かが「いや、茶色い紙で十分だよ」と返します。
そして、その答えがきっと出ないこともまた、英国らしい文化の一つなのでしょう。



