エクレアとシュークリームは、どちらもフランスから生まれたシュー菓子です。実は、生地そのものに大きな違いはありません。
それなのに、なぜ細長いエクレアと丸いシュークリームという、まったく別のお菓子として親しまれているのでしょうか。
今回は、英国のティータイムから少し眺めるような気持ちで、その違いと物語をのぞいてみましょう。
本当に「形が細長いか、丸いか」「チョコの有無」だけの違いなのか?

エクレアとシュークリームは、どちらもフランス生まれのシュー菓子です。基本となるのは、パータ・シュー(Pâte à choux)と呼ばれるシュー生地。
小麦粉、バター、牛乳、卵などを使って作り、焼き上げると中が空洞になるため、その中にクリームを詰めるという基本のレシピも共通しています。
つまり、生地そのものに大きな違いはありません。
だからこそ、「エクレアとシュークリームは何が違うの?」
という疑問が生まれます。
まずは、その違いを簡単に整理してみましょう。
| 項目 | エクレア | シュークリーム(クリームパフ) |
| 発祥 | フランス18世紀 | フランス18世紀 |
| 生地 | パータ・シュー | パータ・シュー |
| 形 | 細長い | 丸い |
| 仕上げ | チョコレートやフォンダンをかけることが多い | 粉砂糖だけ、またはシンプルな仕上げが多い |
| 中身 | カスタードクリームが定番 | カスタード・生クリーム・両方などさまざま |
| 食べ方 | 手で食べることが多い | 手でも食べるが、国によってはデザート化もする |
一見すると違いは、「細長いか丸いか」「チョコレートがかかっているかどうか」くらいに思えるかもしれません。
しかし、名前の由来や親しまれ方、そしてイギリスのティータイムでどのような立ち位置にいるのかまで見ていくと、このふたつのお菓子は、同じシュー生地から生まれながらも、それぞれ違った物語を歩んできたことが見えてきます。
名前の違いについて。お菓子のフランス語はいつも意味を持つ──クリームパフは英語。

フランスのお菓子には、どこか象徴的な意味を持つ名前が与えられていることが多く、レシピ本の世界もまた、少しだけドラマチックです。
エクレアの語源である「Éclair(稲妻)」もそのひとつで、艶やかなフォンダンをまとった細長い姿に、わざわざ“稲妻”と名付けてしまうあたりに、フランスらしい感性が表れています。
一方で英語圏では、一般的にCream Puff(クリームパフ)と呼ばれ、見た目や構造をそのまま言葉にした、どこか実直なネーミングになっています。
そもそも、私たちが親しんでいる「シュークリーム」という言葉自体も少し不思議です。
「シュー(chou=キャベツ)」はフランス語、「クリーム」は英語。つまり日本で定着した「シュークリーム」は、少し珍しい言語の混ざり方をした名前と言えるかもしれません。
もっとも、ここ英国では、もう少し肩の力を抜いてCream Puffと呼ぶくらいが、午後の紅茶にはちょうど良いのかもしれません。
「膨らんだ生地(puff)にクリームを詰めたもの」。
そのままの名前には、紅茶の隣にそっと置かれるお菓子としての、素朴な魅力があります。
英国でお馴染み「プロフィトロール」という古くからの人気者との違い

ここで少し話をややこしく、そして少しだけ美味しくしてくれるのが、イギリスのパブのデザートメニューや日曜日のディナーの終わりにほぼ確実に登場する「プロフィトロール(Profiteroles)」の存在です。
レストランやパブのディナーの最後にこれが出てくると、だいたいテーブルの空気が少しだけ明るくなります。
小さなシューがいくつも積み上げられ、その上から温かいチョコレートソースが遠慮なく、しかし当然のように流しかけられる。整ったスイーツというよりは、「形は気にしないでいいですよ」と言わんばかりの崩れ方です。
中には冷たいクリームが入り、外側はソースを吸って少し柔らかくなり、全体がゆっくり一体化していく。きれいに切り分けるというより、スプーンで崩して混ぜながら食べることを前提にしたお菓子です。
同じシュー生地を使っているにもかかわらず、エクレアが「ショーケースに並ぶ一本の完成された菓子」だとすれば、プロフィトロールは「テーブルの中央で崩れながら完成していく菓子」と言えるかもしれません。
同じ生地なのに、ここまで食べ方の文化が違うのは少し面白いところです。
ハイエンドなフレンチパティスリーもいいけれど

歴史的な「憧れ」と「高級(High-End)」の象徴
英国において、フランスの食文化(ガストロノミー)は長いあいだ「洗練」と「高級」の象徴でした。
19世紀、アントナン・カレームのような伝説的シェフが宮廷文化に関わったことで、「フランス人パティシエを抱えること」は、上流階級にとってひとつのステータスにもなっていきます。
一方で英国の伝統菓子は、スコーンやスポンジケーキに代表されるように、どこか素朴で、日常に根ざした焼き菓子文化です。
繊細に組み立てられたフランスのパティスリーと、しっかり焼き上げる英国のベイク。その対比は今でも続いています。
ロンドンの高級デパート──ハロッズやフォートナム&メイソンのショーケースには、今もフランス仕込みの美しいプチガトーが並びます。それは特別な日のための、少しだけ背伸びした贅沢です。
そしてこの“距離感”こそが、面白いところなのかもしれません。
英国の国民的番組に見る「ライバル意識」

英国の人気番組『ブリティッシュ・ベイクオフ(The Great British Bake Off)』では、時折フランス菓子のような繊細な課題が出され、参加者たちは少し苦笑いしながらも挑みます。
完璧に作れれば誇らしい。けれど、どこかで「そこまで精密じゃなくてもいいのではないか」とでも言いたげな、少し肩の力の抜けた空気が画面越しに漂ってきます。
フランスへの憧れと、英国らしい距離の取り方。そのあいだにある小さなユーモアが、この番組の空気にもよく表れています。
結局のところ、英国から見たフランス菓子は、かつてのような「手の届かない芸術」というよりも、今では紅茶の時間を少しだけ華やかにしてくれる存在になりつつあります。
それは完璧に再現しようとする対象というより、少し距離を保ちながら楽しむ“憧れの残り香”のようなものかもしれません。
その一方で、スコーンやトレイベイクのような素朴な焼き菓子は、変わらずカップの隣に静かに座っています。
お菓子というものは、どちらが上でも下でもないのかもしれません。そしてその曖昧さこそが、英国のティータイムを少しだけ面白くしているのだと思います。



